てつがくやさんの気まぐれ日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする〈てつがくやさん〉、松川えりのブログです。

zoomの「手を挙げる」機能が苦手な理由

オンラインで対話をするようになってもう少しで2年が経とうとしていますが、

zoomのあの「手を挙げる」機能が苦手かもしれない。

ということに今更ながら気づいたのは、先日のzibaの哲学カフェでした。

 

ふだん私はこの機能をあまり使わず、

カメラオン画面の前で挙手するというアナログなやり方を活用しまくっていました。

ということは、あの「手を挙げる」機能はあまり好きじゃないということに、なんとなくは気づいていたのでしょう。

しかし、今回、zoom慣れしてそうなはじめましての方が何名かあの機能を使ってくださったことで、苦手な理由をはっきり自覚することができました。

(はじめましての方が参加してくださると、こうやって、何気なく自分がやっていることについて発見があるのがありがたいですね。)

 

なにが苦手って、

zoomのあの「手を挙げる」ボタンを押した瞬間、

画面のなかのその人の位置が左上に動いちゃうところです。

挙手してる人をいち早く知りたい、見逃したくない場合には便利な機能。

けど、1人が動くと全員の位置がずれちゃうので、

それまでに誰が何をどれぐらい話したかわからなくなっちゃう。

位置が変わると「あれ?さっきあの話してくれたのは誰だっけ?」とか、

「あれ?この人、さっき話したっけ?それともまだ話してないっけ?」ってなっちゃうんです。

 

それで気づいたのは、どうも私は、PCのなかのそれぞれの位置で

あの辺にいた人がこういうことを言ってたとか、

左からあの発言がでた直後に右からこういう発言が出たなとか、

あそこにいた人の発言は何回目だとか、

そういうふうに対話の流れややりとりを把握しているらしいということ。

 

トランプの神経衰弱で、せっかくどこに何があるか覚えてたのに、

札の位置を変えられて「ああー、せっかく覚えてたのにぃ」となる、あの感じ!

と言えば伝わるでしょうか?

 

あの「手を挙げる」機能は、場合によってはとても便利だと思う。

画面の前で実際に誰かが手を挙げてても気づかないぐらい人数が多いようなときや、1画面で収まりきらないぐらいたくさんの人が参加しているとき。

それから、誰が何を発言したかを位置以外の仕方で進行役が把握できるとき。

 

でも、私には合わなそうです。

「名前の表示があるから、位置がかわっても大丈夫」という方もいるでしょうが、そもそも名前を覚えるのも苦手だし、似たような名前で髪型と服の色が似てたら、位置情報がないと難しい。

 

そして、この「あの『手を挙げる』機能が苦手だ」ということは、もう一つの前提が含まれていますね。

私が進行役をするときには、みなさんが挙手した順番でただあてるだけ、というような進行をするつもりはない。

誰が何を話したか、誰が何回発言したか、まだ話してないのは誰か、なるべく把握したうえで進行したい。

誰が何を発言するかはコントロールできないしコントロールすべきでもないけれど、誰がどのタイミングで発言するかについては、少しは調整したほうがよい場合もある。

ときにプロとしてそれが求められるときもあるし、そのほうがみんなで一緒に考えるために有効な場合もある。

そんな気持ちが私にはあるようです。

 

参加者の主体性を一番に重視する場合、進行役はなるべく余計なことはしないほうがいいという考えもあるだろう。

その場合は、みなさんが挙手した順番にただあてるだけ、になることもあると思う。

 

でも、挙手のタイミングを逃す人や、他の誰かが挙げたら「後にしよう」と遠慮しちゃう人もいる。

それに、話の展開によっては「さっき、あの説を述べてた人は今のこの話題についてどう思うんだろう?」と確認したくなることも。

そういう調整も全部、進行役だけでなく参加者全員でできたら理想的だし、毎回同じメンバーが集うコミュニティ(学校のクラスなど)では、進行役がでしゃばらずに、徐々にみんなでできるようになったらいいな、という気持ちもある。

 

けど、いまの私の仕事の種類のせいかのか、単に私がおせっかいなタイプの進行役だからか‥‥‥たぶんその両方なんだろうけど、いまの私は、進行役がちょっと調整したほうがいいと思ってるんだなぁ。