松川えりのてつがく日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする〈てつがくやさん〉、松川えりのブログです。

「これってムダ?」@Ziba Platform

9月26日(土)は、津山市のZiba Platformにて哲学カフェ。

先月まではオンライン開催でしたが、今回初めて、オフラインとオンラインの混合哲学カフェを試みてみました。

 

会場の参加者は少なめの3名+進行役。

オンラインからは、5名の方が参加。

直前にキャンセルなどもあってこの人数に落ち着きましたが、結果的に初めての試みとしてはちょうどいい人数だったかも。

 

ちゃんと会議用マイクを用意して事前に主催者の方と実験して臨んだものの、やはりやってみないとわからないことはあるものですね。

 

はじまってすぐ「あっ」と思ったのは、オンライン参加の方の音量がまちまちなこと。

オンライン参加の場合は、発言者ごとに手元のPCやスマホで音量調節ができるわけですが、うっかり会場の会議用マイクを手の届かないところに設置していたので、最初はこまめな音量調整ができず‥‥‥。

途中でマイクの位置を私から手の届くところに変更してもらいました。

 

マイクを手元に置くために有線からbluetoothに切り替えようとしたけれど、なぜか途切れてしまったり、ごちゃごちゃしてるうちに会場を写すカメラの方向が変わってしまったり‥‥‥。

 

もうひとつの反省点は、チャットをどうするか打ち合わせ不足でした。

会場の大きなディスプレイにチャットも表示させるとオンライン参加のお顔が小さくなってしまうし、チャットのフォローをスタッフの方にお願いするのか進行の私がするのか、確認不足でした。

音声トラブルがあった際には絶対必要なので、ちゃんと事前に確認しておくべきでした。

 

とはいえ、バタバタしたのは前半の一時だけで、マイクの設置場所を変えてからは、オンラインと会場とのタイムラグなどもなく、予想以上にスムーズにいったかなと思います。

オンラインが苦手な人もオンラインじゃないと参加できない人も参加できるの、いいですね!

あと当日いいそびれたけれど、今回オンライン参加の方のなかにタバコを吸いながら参加してた方がいらっしゃって、それもいいなとおもいました。

オンライン派とオフライン派、禁煙家と愛煙家の分断はなくせるんだ!と手応えを感じました。

 

そして、内容も、おもしろかった!

いや、まぁ、いつもおもしろくなるようにがんばってるので、たいがいいつもおもしろいんですが、今回は、具体例(経営や政治のコスト、「自宅での夫の動きにムダが多い」、「仕事をはじめるまえにグズグズしちゃう」、試行錯誤すること、橋の装飾、芸術など)も出つつ、わりと抽象的な次元で議論をがっつり楽しめたなという印象があります。

誰かの体験談を味わうように聴く、そういう哲学カフェも大好きだけど、今回は、それぞれの体験を「例」として機能させ、根本的な問いをめぐって思考をたどる場面が多かった。

音声確認がてら、テーマ「これってムダ」について話してもらった最初の1周から参加者の考え方のちがいが見えたからかな。

その最初に見えたちがいとは、「ムダなことはちゃんとムダって言いたい」派と、「これまでの人生でムダなことは1つもなかった」派のちがい。

そこから、

  • そもそもムダなことはあるのかないのか?
  • ムダとは?不必要なこと?非効率的なこと?
  • ムダは悪いこと?

‥‥‥と少しずと問いを展開しながら、互いの考えのちがいがどこにあるのか確認し合いました。

なかでも、前半の松川的ハイライトシーンをあげると、「ムダも必要」という考えをきいたときの、「ムダはないほうがよい。なぜなら、ムダとは不必要なもののことだから」派の驚きっぷりかなぁ。

いつも冷静な方が、ほんとに心の底からびっくりしていて戸惑いながらも、同時に「自分には全くない考えだから、聞きたい」という姿勢が伝わってきて、ワクワクしました。

プラトンの「哲学は驚きからはじまる」という言葉にぴったりな一幕。

また、その「ムダも必要」って言ったのが、最初に「仕事をはじめる前にグズグズしちゃう」って言ってた人なもんだから、グズグズ同士であるわたしも、その「ムダも必要」を言い訳じゃなく説得的に語れるのかどうか、気になる気になる。

他の「ムダも必要」派からの応援もあって「遊びやスキマ、行間は必要」説が出てきます。

芸術を例に「文化はムダでできているといっても過言ではない」という言葉も。

 

さらに後半。

残り45分ほどのところでZibaさんのご提案でちょっと休憩しながら、「前半である程度がっつり話しちゃったし、後半話すことあるかな〜?間延びしちゃわないかな〜?」とやや心配したのですが、前半とは雰囲気が一変。

がっつり命の問題に向き合うことに。

延命治療を例に、「物についてはその目的によってムダかどうか判断されるけど、人の場合は?」という問いが投げかけられます。

また、「“延命治療は不必要”というのは違和感ないけれど、“延命治療はムダ”というのは抵抗がある。なぜだろう?」という疑問も。

ここで、わたくし、みなさんとうーんと考え込むなかでふと思いついた「“不必要”は本人の視点だけど、“ムダ”は第三者の視点だからでは?」と仮説を投げかけてみる。

(松川の進行する対話に参加したことのご存知のとおり、松川は進行しながらいち参加者としても発言することがけっこうあります。たいがい、他の参加者の発言のほうがおもしろいので、このブログでわざわざ触れることは少ないけど。)

その仮説を、他のみなさんも相模原事件の例なども出しながら、さらに展開してくれました。

 

さらにあと10分というところで、グズグズ同士の「ムダも必要」派のKさんから「それを“ムダ”と呼ぶのはなぜか?」という問いかけ。

それぞれがその問いに答えながら感想をシェアして終了。

前半と後半を接続するようなコメントがそれぞれから出てきます。

わたしも、「今後、夫が家事するのをみて『ムダな動きが多いな〜』と思っても、第3者として生暖かく見守ろう!」という教訓を得ました。

 

終わってふりかえってみると、これ、録音して書き起こしたら、ほとんどカットせずに読み物としても楽しめるぐらいムダのない対話だったのでは???

読み物としては「このやりとり必要?」「非効率的だなぁ」と思えるようなやりとりも、対話に参加してる人にとってはムダではない、その試行錯誤のなかで学ぶことがあったりするけれど、それと第3者が読んでおもしろいかはまた別の話。

でも、今回にかぎってはマイクの位置を調整してバタバタした時間以外は、第三者が読んでも読み応えありそうな対話だった気がします。

といいつつ、録音なんかしてないので(笑)、やっぱり対話をフルに味わえるのは参加した人だけの特権です。

 

 

ご参加くださったみなさん、Ziba Platformのみなさん、ありがとうございました。

 

次回は11月21日(土)の開催予定。

テーマなど詳細決まりましたら、お知らせいたします。