10月1日(木)は、母校の大阪大学からのご依頼。
人間科学研究科・共生学系の学生・教員のみなさんと、zoomで「対話と共生」について考えました。
最初の1時間は、哲学対話の実践などから「対等な対話は(どうやって)実現するか?」というお題でお話させていただき、休憩をはさんで、後半は「共生学は“誰”のものか?」というテーマで、対話しました。
「マイノリティとマジョリティ」、「当事者性」、「専門性」などをキーワードに、
「“誰ものか”と“誰のためか”は同じ?」
「共生学における当事者性とは?」
「“マイノリティ性”や“当事者性”の“性”の意味とは?」
「学問における専門性とは?」
「共生とは?」
といったと問いをめぐって対話が展開。
“誰のためか?”でも“何のためか?”でもない共生学のあり方、当事者性をもつ人が共生学を行う意味、専門家として共生学を行う意味などが語られました。
抽象的なテーマに思われるかもしれませんが、共生学の現場で共生学について考えるという、現場感あふれる対話。
わたしの専門である臨床哲学と重なりそうな部分も多く、かなり刺激的な内容となりました。
阪大在籍16年間ずっと憧れながらもキャンパスが異なるために縁遠かった人間科学研究科*1のみなさんと、いまになってこんなふうに関われるなんて。
縁あってお誘いくださった方、ご参加くださったみなさんに感謝です。
*1:実は大学受験のとき最後まで文学部とどちらを受験するか迷ったのですが、文学部のほうが倍率が低かったので文学部を受験しました。