松川えりのてつがく日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする〈てつがくやさん〉、松川えりのブログです。

『福島桜紀行』上映会+哲学カフェ

1日に何度も投稿するんじゃなく、1〜2日に1記事ぐらいのペースで投稿したいわ〜と思っているのですが、なかなか難しいものですね。

書ける日は書けるし、書けない日は全く書けません。

 


先週末は、広島県江田島で『福島桜紀行』の上映会がありました。

江田島でアート活動をするELCA主催、それに哲学組が加わったELCAPが共催で、3月17日は哲学カフェ、3月18日は監督トークと、それぞれ上映後もトークイベントも開催。

私は3月17日の哲学カフェで、進行をさせていただきました。

 

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以下、ネタバレご注意ください。

 

 

企画時に「30分ちょっとの作品」と聞いた時は、「短いな」と思ったんですが、実際に作品を観ると、全く短いとは感じず、驚きました。

桜を追ってるだけ(は語弊があるか?)なのに、静かになんだけど、様々な記憶や感情が沸き起こってきて、30分強とは思えない「濃さ」を感じました。

あれが、哲学カフェでアート畑の方がおっしゃっていた、「画面の強さ」だったり「鉾井さんのねばり」だったりするのでしょうか。

やはり自分で制作をされる方は制作しない人には見えないものが見えるんだな、と感じる一方で、なにも知らず作品から感じた謎の濃さはやはり特別だったのだと知り、うれしくなりました。

 

今回の対話の特徴を一言で言うなら、ローカリティでしょう。

以前、大阪で「花見哲学カフェ」と称して、公園でお花見しながら桜について哲学カフェをしたときには、「桜と日本人」と日本をひとくくりにして、日本独特の文化や感性について考察しましたが、今回は全くちがいました。

福島の桜と人の姿から、ご自身のなかの桜の記憶や思い出を重ね合わせる方(旦那さんが亡くなった時期に咲いていた桜、毎年桜の時期に撮る家族写真etc...)もいましたが、その一方で「瀬戸内の人に比べて、福島の人は桜への思いが強いと感じた」という人も少なくなく、地域性を色濃く感じる展開となりました。

関西育ちで桜大好きな私も、前半は自分自身の記憶や思い出を重ねて観ていましたが、後半、満開の桜と鯉のぼりが同じ風景にあるのを観た瞬間、「あ、私が知ってる桜とちがう!」と。

江田島広島市の他にも、北海道出身の方や香川県の方、アメリカで桜を観た方と、様々な地域の桜について、その種類のちがいや人々の関わり方、捉え方のちがいを知り、感じることができました。

 

もうひとつ、印象深かったのが、桜に自然の強さを感じる方がいる一方で、「人間が植えたものだから」と世話を続ける福島の人の姿から、桜と人間の関係、人間のあり方に思いを馳せる方がいたこと。

また、立ち入り禁止のフェンスの向こうの桜が映し出されたことに、「あれが今の福島の姿として表されていいのかな」と戸惑う方も‥‥‥。

今回の哲学カフェでは、大きく展開しなかった論点ですが、とても重要な指摘ではないでしょうか。

 

さらに、第1術科学校(旧海軍兵学校)のある江田島ならではだなと思ったのが、桜が紋章に使われることの意味。

いまも、桜と錨が海上自衛隊のシンボルマークなんですね。

「ごく短い期間しか咲かないを、なぜ紋章に使われるんだろう?」という私の疑問に、桜のアクセサリーをつけてきてくださった方が、「ごく短い期間しか咲かないからこそじゃない?」と答えてくださる場面も。なるほど!

 

咲く時期が限られており、だからこそ季節や年月の巡り、そして地域による感じ方関わり方の違いを色濃く感じさせてくれる花なのかな。

桜という植物の特徴と、人々の暮らしや人生が、どう重なりどう重ならないのか。

参加者のみなさんの人生も垣間見れたり、垣間見るどころか溢れ出てきて、とても哲学カフェでは扱いきれないなぁと戸惑う一面もありましたが‥‥‥

たった30分強の映像作品、それも一つの花を追う作品から、こんなに多様な記憶、思い出、思考が引き出されるのか!とうれしい戸惑いがありました。

 

ご参加くださったみなさん、ELCAのみなさん、残念ながら哲学カフェには参加できなかったけど作品をとおしてみなさんの記憶や思考を引き出してくださった鉾井喬さん、ありがとうございました。