松川えりのてつがく日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする〈てつがくやさん〉、松川えりのブログです。

「同調圧力を感じるのはどんなとき?」with ZibaPlatform

今日は、Ziba Platform主催のオンライン哲学カフェでした。

テーマは「同調圧力を感じるのはどんなとき?」。

 

 

はじめての方もたくさん集まってくださいました。

 

学校、会議、「嫁」に求められるもの、マスク、禁煙など、様々な同調圧力を感じた経験を聞いていると、改めて「同調圧力って、やっぱりないほうがいいものなのかな」と思う一方で、それぞれが思い描いている同調圧力が同じかどうかわからなくなって、こんなふうに尋ねてました。

 

マスクをつけることに同調圧力を感じる?感じない?

 

すると、感じる人と感じない人、半々に分かれる結果に。

同調圧力を感じている人からは、「感じない人がいるの!?半分も!?」という驚きの声も。

もともとマスクをつけることに抵抗がない人や、自衛のためにでマスクをつけることを選択している人は、同調圧力を感じていないこと。

さらには、コロナ禍以前は、「むしろ“夏にマスクをつけるのは変”と思われそうで、マスクをつけたくてもつけられなかった」なんて、逆方向の同調圧力が存在していたことも判明し、どよめきが起こります。

ここが、今回の対話の第1のハイライトシーンだったかもしれません。

 

ここから、マスクに関する話題で盛り上がり、様々な方向に考察が進みます。

  • 同調圧力でそうしているのか、本人の意志でそうしているのかは、本人以外には予想以上にわかりにくい。(本人の意志でしているのに、周囲の人には同調圧力でそうしていると見えることがある)
  • 意図せず、周囲の人に同調圧力を感じさせてしまうことがある。(マスクをつけたいからつけているだけでも、周囲の人に「みんながつけてるからつけなきゃ」と思わせてしまうことがある)

といったことがわかる一方で、同調圧力を生じさせるものが何かについては、なかなか「これ」というふうに絞りきれず。

他の例も併せて、権力、マジョリティ、慣習、世間、正しさ、自分で判断しないこと、など。

などなど様々な候補が出てきて、どれもそれぞれに説得力があったし、今思い返すと、いくつかの要素が複合的に絡み合って、より強固な同調圧力を形成することもありそうです。

終盤に「ルールと同調圧力はどうちがうんだろう?」という私の疑問に、「どちらも“圧力”であること、自分のしたくないことをさせられることには変わりない」と答えてくださった方がいて、「なるほど、圧力を生じさせるものというのはたくさんあるのだなぁ」と、こんなにたくさんの要素が挙がったことに納得しました。

私は、ルールと同調圧力はちがうのではと思っていたけれど、たしかに不条理に感じるルールも存在するし、そこで生じていることは同調圧力とそう変わらないかも?

不条理に従わせられていると感じさせるものが、ルールの場合もあれば、権力のときもあるのかもしれません。

 

Zibaのこじまさんによる「同調圧力の及ぶ箱(範囲)というのがあるのでは」という指摘と併せて、なにか重要なヒントになりそうな気がします。

 

ご参加くださったみなさん、Ziba Platformのみなさん、ありがとうございました。