まつかわえりのてつがく日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする〈てつがくやさん〉、松川絵里のブログです。

「人の目、気になる?気にならない?」@岡山市立高島公民館

本日2月15日(金)は、高島公民館の哲学カフェ、ふたばカフェでした。

テーマは「人の目、気になる?気にならない?」。

 

マナーと人の目、

それぞれの場で求められるものとそうでないもの、

他者の価値観と自分の価値観、

不特定多数の目と特定の誰かの目、

相手が見た自分と実際の自分、

「こう見られたい(見られたくない)」と「こう見られちゃう」、

人の目が気になった過去と気にならなくなった私と現在、

「気にしすぎ」と「気にしてほしい」、

「気になる」と「気にする」‥‥‥

 

いろんなものの間で揺れ動きながら、思考を巡らす時間でした。

 

序盤からけっこう深い対話でしたが、それでも、まだ話したりない、まだもう少し掘れそうと思わせてくれるテーマでした。

 

ご参加くださったみなさん、高島公民館のみなさん、ありがとうございました。

 

.次回のふたばカフェは、3月11日(月)。

テーマは、「人助けってどこまでできる?」です。

www.facebook.com

 

「〈つながり〉と〈しがらみ〉」@Ziba

少し時を遡りまして‥‥‥

1月26日(土)は、岡山県津山市にあるZiba platformの哲学カフェでした。

テーマは「〈つながり〉と〈しがらみ〉」。

過去最多の15名以上の方が参加してくださいました!

 

www.facebook.com

 

職場の付き合い、地域での関係性、親戚の集まり、「つながり選挙」と「しがらみ選挙」のちがい(!)、学生時代の女の子同士の付き合い、消防団の体育関係なノリなどを例に、

  • 〈つながり〉と〈しがらみ〉のちがいは?
  • 自分にとってプラスになる関係が〈つながり〉で、マイナスになる関係が〈しがらみ〉?
  • 一方にとっては〈しがらみ〉だけど、相手にとっては〈つながり〉ってこともありうる?
  • 男性と女性とで、〈つながり〉や〈しがらみ〉のあり方はちがう?
  • 〈つながり〉が〈しがらみ〉に変わるのはどんなとき?

などなど。

 

なかには、「〈つながり〉は感じるけど、〈しがらみ〉は感じたことがないな〜」という方も。

うらやましい!

だけどそれって、それとも、その人にはわたしが「しがらみ」と呼びたくなるような関係は一切ないのだろうか?

それとも、わたしが「しがらみ」と呼びたくなるような嫌な関係もその人が「つながり」と呼んでいるだけなのだろうか?

 

そんな疑問がむくむくわいてきた対話の中盤、「どうしたら〈つながり〉が〈しがらみ〉にならなくてすむのか?」についてみなさんが語り合うなか出てきた指摘が、印象に残りました。

 

〈つながり〉が〈しがらみ〉に変わるというより、そもそも人間関係って〈しがらみ〉から始まるのでは?

子が親を選べないのはもちろん、親だって子を選べないし、地域や学校、職場の人間関係だって、その人と選んで関係が始まるわけじゃない。

最初に〈しがらみ〉があって、そのうちのいくつかが、やがて〈つながり〉に変わるんじゃないかな。

(参加者の言葉より。ただし、メモをとっていたわけじゃないので、表現は多少ちがってるかもしれません。あしからず

 

 

この指摘を聞いた瞬間、「しがらみ」という言葉の印象が、ガラリと変わりました。

それまで重くのしかかるように響いていたけれど、良い意味で軽くなるのを感じました。

 

すべての関係性は〈しがらみ〉から始まる。

だったら、〈しがらみ〉があるのは当然だし、無理になくそうとしなくていいや。

そう思えたのが、わたしにとって一番の収穫だったかも。

 

もしかしたら地方によっても感じ方がちがうかもしれないけれど、この哲学カフェが開かれた津山市も、わたしが住んでいる岡山市も、家族もすべて知られていて下の名前で呼び合うというほどではないけれど、東京や大阪といった都会と比べるとまぁまぁ関係性が密なお土地柄。

消防団の話題なんか特にそうですが、自分が選んだ人間関係だけで暮らしていけるわけではない、選ぼうとしてもどこかでつながってしまう、そういう地域です。

ここで会った人とまた別の場所で会うかもしれない、そういう土地でこういうテーマについて率直に語り合うのはちょっぴりスリルを感じたりもするわけですが、だからこそ語り合えると地域で息がしやすくなるなぁ、と感じたりもしました。

 

その他にも、性別によって関係性の築き方はちがう?男性だけど男性同士の付き合いが苦手、女性だけど女性同士の付き合いが苦手な場合はどうしたらいい?といったポイントでも盛り上がりをみせました。

他の人のようにはできくても、関わっていける方法を探そうと思えるヒントが見つかりました。

 

ご参加くださったみなさん、Ziba platformのみなさん、ありがとうございました。

 

f:id:e-matsu145:20190126131402j:plain

2019.1.26「〈つながり〉と〈しがらみ〉」@Ziba platform

 

次回のZiba platformでの哲学カフェは、3月30日(土)の予定です。

テーマなど詳細決まりましたら、またHPなどでお知らせいたします。

 

eri-philo.com

 

テツドク! ミシェル・フーコー『真理とディスクール』

2月10日(日)は、antenna Coffee Houseにて哲学カフェ尾道

今回は、哲学書の言葉に触れ語り合うテツドク!を開催しました。

いわば、テーマ代わりに哲学書について語り合う哲学カフェです。

 

www.facebook.com

 

今回扱ったのは、ミシェル・フーコーの『真理とディスクール』。

古代ギリシアの「パレーシア」という概念に注目し、真理を語るとはどういうことか、そして真理を語るという行為がどのように問題として認識されてきたかを歴史的に考察した講義の記録です。

 

真理とディスクール―パレーシア講義

真理とディスクール―パレーシア講義

 

 

この本でテツドク!をしたいと思ったのは、以前こちらで「見て見ぬフリするとき、しないとき」というテーマで哲学カフェをしたとき。

「本当のことを言うには、本当のことだからこそ勇気がいる」という発言を聞いて、これはまさにパレーシアの問題じゃないか!と、みなさんとこの本を読んでみたくなりました。

 

パレーシアステースの真摯さを「証明する」のは、その勇気です。(真理とディスクール―パレーシア講義、p.14)

 

だれかがパレーシアを行使していると言われるのは、そしてパレーシアステースとして認める価値があると判断されるのは、真理を語ることで、その人がリスクを引き受け、危険を冒す場合に限られます。(真理とディスクール―パレーシア講義、p.16)

 

こうした「パレーシア」という概念に「これはまさに自分が職場で体験していることだ!」とポジティブに反応してくださる方もいる一方で、「真理とはなにか」ではなく「真理を語るとはどういうことか」を歴史的に分析するというフーコー独特の語り口に戸惑いを示される方も。

それぞれの疑問や感想を交え、それぞれの視点の意義を確認し、なんとかお互いの関心の交わる問いが見つかったのが、16時5分前。開始から2時間弱経過したときでした。

いつもの哲学カフェが2時間のところ、本の紹介もあるからと3時間いただいておいてよかった!

 

その問いとは、

人がパレーシアをしようと思うとき、その人の内面で何が起こっているのか?

リスクがあることを認識しつつ、それでもあえて真実を述べようとするのはなぜなのか?

 

みなさんとその答えを共有するところまではいきませんでしたが、

  • 病いの告知をするかどうか
  • マナー違反を注意できるときとできないとき
  • 職場で他の人とは異なる意見を言うこと
  • 嫁の立場からは言いにくいこと
  • 地域住民の話し合い
  • あとでこっそり「私もそう思います」と言われ、「みんなの前で言ってほしかった!」と思ったこと
  • 自分の言葉が、相手の人生に影響を与えすぎてしまうことへの恐れ

などなど、参加者のみなさんがパレーシアしたりしなかったりした経験とその理由をうかがいながら、わたしたちの暮らしのなかにもパレーシアをするかしないかの選択を迫られることがたくさんあることに気付かされました。

 

そして、パレーシアには必ずリスクが伴う、リスクが伴わなければ真理を述べる行為であっても「パレーシア」とは呼ばれないわけですが、リスクの大きさは状況によって変わりうる。

とすると、パレーシアをしやすい社会とそうでない社会があるのではないか。

パレーシアをしやすい社会をつくるには、何が必要なのだろう?

パレーシアしやすい社会のために、何ができるだろう?

 

そんな問いを共有したところで、この日は終了となりました。

 

みなさんの話された内容はもちろん、この日みなさんが話される様子からも、改めて、言葉がもつ力というものを強く感じる時間でした。

 

ご参加くださったみなさん、antenna Coffee Houseさん、ありがとうございました。

 

次回の哲学カフェ尾道は、4月14日(日)。

テーマは「他人の不幸は蜜の味?」です。

詳細については、後日HPやfacebookでお知らせします。

「いろいろあるけど、愛って?」@牛窓オリーブ園

前回の記事に書いたとおり、2月9日(土)は牛窓オリーブ園へ。

愛について哲学対話してきました。

 

f:id:e-matsu145:20190209141011j:plain

スタッフの方は「お天気がもっとよければ」とおっしゃるけど、いつ訪れても最高に気持ちいい牛窓オリーブ園

 

プラトンの思想を紹介するのは、参加者のみなさんの話をある程度聞いてからでいいかな〜と思ってましたが、「他の人の話を聞きたい」という方が多く、予定より早めにプラトンの著作のなかでerosがどう語られているかご紹介。

 

エロスは、よいものを永遠に自分ものにすることを求めているのだ

饗宴 (光文社古典新訳文庫)

 

この狂気こそは、すべての神がかりの状態のなかで、みずから狂う者にとっても、この狂気にともにあずかる者にとっても、もっとも善きものであり、また最も善きものから由来するものである。

パイドロス (岩波文庫)

 

 

プラトンが愛を語った社会背景も想像しつつ、異なる社会、異なる時代背景なら、愛のあり方は異なる?それとも?‥‥‥というところから、対話が広がっていきました。

 

  • 愛は本能的なもの?それとも、社会制度によって変わる?
  • 愛と性別の関係は?
  • 愛は生殖の手段なのか?
  • 恋と愛のちがいは?
  • 愛は理性的?
  • 普遍的な美しさと好みはちがう?
  • 無償の愛っていいもの?
  • 恋することを愛する人もいる?
 

葡萄酒ではなく珈琲を片手に、まるでプラトンも交え、饗宴しているかのような時間。

 

f:id:e-matsu145:20190209171412j:plain

こだわりの珈琲と素晴らしい景色が味わえるカフェ、山の上のロースタリ
 

みなさんのおかげで、前より「愛」について自由に捉えられるようになった気がする。

そして、うまく言葉にできないけど、プラトンの思想のよいところに気づかせてもらい、前よりプラトンが好きになってきました。

 

もしご関心があれば、プラトンの著作も手にとってみてください。

対話篇なので、哲学書のなかでは読みやすいのではないかと思います。

今回参照させていただいたのは、以下の2冊です。

 

なぜ人は恋に落ちるのか、気になる方はこちら。

岩波文庫ももってるけど、いまはこちらのほうが入手しやすいかも。kindle unlimitedなら無料です。

饗宴 (光文社古典新訳文庫)

饗宴 (光文社古典新訳文庫)

 

 

「恋という狂気」が気になる方はこちら。弁論術に関する本としても有名。

パイドロス (岩波文庫)

パイドロス (岩波文庫)

 

 

 

そして今回も、こちらを自分へのお土産に。

www.nippon-olive.co.jp

他のアイテムも試したいのに、2ヶ月に1本消費するほど気に入っちゃって、他のアイテムにたどり着けず‥‥‥。

わたしはすっかり徳用ですが、小さいサイズもあります。

プラトンの言葉に触れる哲学ウォーク&カフェ〜2月は「愛」について考えます

今週末、2月9日(土)は、牛窓オリーブ園で哲学対話。

バレンタイン間近の開催ということで、テーマは「愛」。

 

 

f:id:e-matsu145:20190204172337j:plain

2019.2.9「いろいろあるけど愛って?」@牛窓オリーブ園

 

普段の哲学カフェでは哲学者の思想の紹介などしませんが、今回は特別!

プラトンに由来するオリーブの木がある日本オリーブさんが主催ということで、愛に関するプラトンの思想もちらっとご紹介しちゃいます。

本命チョコ、友チョコ、義理チョコ‥‥‥なんて言いますが、実はプラトンの著作でも、愛がいくつかの種類に分類されています。(そして「プラトニック・ラブ」は、たぶん、みなさんが思ってるのとちょっとちがう。)

なので、「愛って格付けできる!?」が、私のなかの今回の裏テーマ。

まだまだ参加者募集中。ご関心のある方はぜひどうぞ!

夕日百選にも選ばれた景色を眺めながら(どうか晴れますように!)、愛について存分に語り合いましょう♪

 

お申し込みは、こちら↓↓からどうぞ♪

www.nippon-olive.co.jp

 

 

そして、その前に、牛窓オリーブ園ってこんなところですよ〜という紹介もかねて、12月の哲学ウォークを振り返っておきましょう。

 

eri-philo.com

 

それぞれのクジに書かれた哲学者の言葉にぴったりなスポットを探して‥‥‥いざ!
(いつもは、いろんな哲学者の言葉をひとつずつクジに仕込むのですが、今回は、プラトンの言葉たちのなかに、一つだけ日本オリーブ創業者の言葉を忍ばせてみました。)

 

「人の評価は、その人が何を成し遂げたかで決まる。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201131622j:plain

「成し遂げる」って?この素晴らしく評価される景色も、誰かが「成し遂げ」たの?

 

「自分に打ち勝つことが、最も偉大な勝利である。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201132427j:plain

「自分に打ち勝つ」とは?このチェーンのこちらからあちらへ超えていくようなもの

 

「自然を尊び、科学を重んじる。」(服部和一郎/日本オリーブ株式会社創業者)

f:id:e-matsu145:20181201133849j:plain

かつて塩田だった場所に広がる太陽光発電‥‥‥自然と科学の「共生」って?

 

「一番大切なのは、単に生きることではなく、善く生きることである。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201134638j:plain

カーブして先の見えない道で‥‥‥先が見えないからこそ「善く生き」られる

 

「良心的な人々は、法律がなくても責任をもって行動する。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201135147j:plain

人はいるのにゴミ一つ落ちていない道に、「良心」を見出し

 

「自分の人生の主人公になりなさい。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201140141j:plain

天秤のようなアート作品に、相手と自分のバランスは?「人生の主人公になれ」てるかな?

 

「勇気とは、恐れる必要がないものが何かわかっていることだ。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201140928j:plain

「勇気」があるようにみえるオリーブの木と、「恐れ」があるように見えるオリーブの木のちがいは?

 

「小さくてもよくできたことの方が、大きくてよくできないことよりよい。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201141812j:plain

枯れた大きな木と、青々とした小さな木。「山椒は小粒でもぴりりと辛い」。

 

「無知。それは悪の根源である。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201144629j:plain

岡山にこんな気持ちのよい場所があるとは‥‥‥「無知」だったなぁ

 

「最高の幸福とは、少しのもので満足して生きることである。」(プラトン

f:id:e-matsu145:20181201150158j:plain

この木にとって、自分にとって「少しのもの」ってどれくらいかな?

 

最後に、園内ショップの2階にあるカフェ、山の上のロースタリでふりかえり。

f:id:e-matsu145:20181201152209j:plain

山の上のロースタリで、思索と歩みをふりかえりました

 

‥‥‥とまぁ、こんな思索の歩みでした。

途中、このようなギリシアの遺跡っぽいところもあったり、

f:id:e-matsu145:20181201142501j:plain

牛窓アゴラ?いつか、ここで哲学カフェしてみたい!

 

景色がいいだけでなく、ほどよき広さのなかにいろんなものがあって、歩いていて飽きません。

もともと秋に開催する予定だったところ、台風のせいで冬の開催になってしまいましたが、瀬戸内気候の牛窓なら、全然ありです!冬の哲学ウォークも!

 

2月9日の哲学対話は15:00からとスタートが遅めなので、その前にぜひ園内をお散歩してみてください。

 

園長おすすめのお散歩コースもありますよ↓↓

nippon-olive.info

 

哲学対話の会場は、こちらです。

nippon-olive.info

「ネガティブって、いけないことですか?」@antenna Coffee House

だいぶ遅くなりましたが、12月の哲学カフェ尾道のふりかえりを。

 

www.facebook.com

 

テーマは、「ネガティブっていけないことですか?」。

あえて、世間が浮かれがちな(?)12月にもってきました。

antennaのマスターが提案してくださったテーマでしたが、マスターよりわたしの方が興味津々だったかも。

「なんでもポジティブに考えなよ!」という人が苦手な一方で、ネガティブな話を聞き続けるのもしんどいなぁ‥‥‥とモヤモヤしていたところなので、みなさんのお話を聞くのを楽しみにしておりました。

 

「以前はポジティブに捉えなきゃと思ってたけど、今はそう思わない」

「若いころネガティブだと思ってた小説を再読したら、むしろ明るかった」

などなど、様々な意見や体験談が出るなか、ひとつ、それらを結ぶ大きな説が浮かび上がってきました。

「ネガティブっていうのは、誰かによる主観的な評価であって、ネガティブだと言われるものに備わった性質ではない」です。

 

また、もうひとつの大きな論点として出てきたのが、「ネガティブってどういうこと?」という問いです。

私は「ネガティブ」を「否定的」という意味で捉えていましたが、「消極的」や「暗い」と捉えている人、そして「何かをネガティブだと、思ったことが全くない」という人もいて、興味深かったです。

自分が「否定的」でも「消極的」でもなく、わざわざ「ネガティブ」という外来語を使ってるのはなぜだろう?というギモンも湧いてきました。

まだ答えは出ていませんが、今後何かを「ネガティブだなぁ」と感じたときは、ちょっと自分に問いかけてみようと思います。

 

 

ところで、この日の哲学カフェで、わたしの「まとめ」は取りこぼしが多いというご指摘をいただきました。

哲学カフェ尾道の場合、依頼者であるantenna Coffee Houseのマスターとのお約束で、こうしてレポートを書いております。*1

とはいえ、「まとめよう」という意識はなく、わたしの視点からの「ふりかえり(reflection/反省)」*2として書いているものなので、おっしゃるとおり穴だらけです。もちろん、今日のこの記事も。

「大事な論点が抜け落ちてるよ!」「この話も紹介してよ!」という場合は、このブログ記事のコメント欄にご記入いただければ幸いです。

同じく、哲学カフェの途中でわたしがふりかえりを行う際も、重要だと思う論点はご遠慮なくご指摘くださいね。

いつもお伝えしているとおり、対話が面白くなるかならないかは、みんな次第です。

わたしも精一杯努力しますが、わたし一人の力でどうにかなるということは絶対ないので、お力をお貸しいただけると助かります。

 

 

 

さて、次回2月10日(日)の哲学カフェ尾道は、特別編。

哲学書を読む「テツドク!(哲読)」です。

「真理を語るとはどういうことか?」を考察した、フーコーの『真理とディスクール』をとりあげます。

 

www.facebook.com

 

 

資料をご用意するので、本を持ってなくてもご参加いただけます。

まだまだ参加者募集中ですので、ご関心・ご都合があえば、ぜひどうぞ。

特に、「“見て見ぬフリ”、する時しない時」の回にご参加くだった方、参加したかった方はぜひ!!

 

matsukawaeri.hatenablog.com

 

*1:反省的思考は哲学に不可欠なので、誰かに頼まれたからというわけでなく、自発的に書くことのほうが多いですが。ちなみに、こうしてわざわざ公開しているのは、対話に参加していない他者が読んでも理解可能なところまで、思考を整理するためです。

*2:日常用語では「反省」は、「自分の言動に問題がなかったか倫理的に検討し、今後の指針にすること」といった意味ですが、哲学用語としては「意識に生じたことを、後から自覚的に整序すること」を指したりもします。ここでは、その両方の意味で捉えています。

「占い、信じる?」@リトルプラス

1月22日(火)は、玉野市のリトルプラスで哲学カフェをしてきました。

(リトルプラスに通われている方が対象なので、広報はしていません。あしからず)

 

little-plus.jp

 

テーマは、「占い、信じる?」。

宝湯の哲学カフェのテーマがよかったので、テーマ候補のなかに入れてみたら投票で見事に選ばれました。

科学と占いの共通点と相違点など、宝湯の哲学カフェと重なるところもありつつ、「根拠がない」について細かい吟味がされたり、関心がある人とない人の違いについて考えられたり、また新たな角度で考えることができました。

 

「なぜ、わざわざ悪いことを伝えるんだろう?」

「一人で生きていく自信がないから拠り所がほしくなるけど、自分の人生は自分で切り開くものと思っている人は関心がないかも」

といった独自の切り口で一貫して考え続けてくれた人もいれば、話し合う内に異なる角度からの発見のあった人も。

 

最初は、「信じない」と言ってた人が「信じてない、というわけではないかも。見たら気になっちゃう」と気づいたり、

反対に、気にしてるのかなと思われていた人が「気にしているようでいて、意外とすぐ忘れちゃう」と気づいたり、

「根拠がないから信じない」と言ってた方が、「3,000人占うと一目でどういう人かわかるようになるらしい」という占い師さんの言葉を聞いて、「心理学的な理論だけを知っている人より、3,000人みたという経験のほうが信憑性が高い」と指摘してくれたり。

 

占いという切り口から、それぞれの物事の捉え方や人生観が見えてきておもしろかったです。

途中で、関心がある人とない人の違いに注目することで、占いに関心がない人の話も聞けたのがよかったかな。

「関心がない」というなかにも様々な理由がある、というのは、今後、他のテーマについて話し合う際も忘れずにいようと思います。