まつかわえりのてつがく日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする哲学者、松川絵里のブログです。

コミュニケーション・カフェ「どんな話題で話せばいい?」@フリーデザイン岡山

こんにちは。

昨日7月18日(水)は、フリーデザイン岡山にて、利用者対象のコミュニケーション・カフェを実施してきました。

 

前回、「コミュニケーションって難しいなぁと思うこと」を聞いたところ、「どんな話題で話せばいいのかわからない」という声が複数人から出たので、今回は「話題」について考えてみたい。

哲学カフェのテーマづくりのポイントなら教えられるけど、みなさんが困ってるのは雑談とか世間話?

そもそも、どんなときに話題で困るんだろう?

 

ということで、今回のウォーミングアップ・クエスチョンはこんな感じ。

 

  1. よんでほしい名前は?
  2. わたしの暑さ対策
  3. なにを話せばいいかわからなくて困るのはどんなとき?

 

2はおまけ。

あまりに暑いので、この暑さについて触れずにコミュニケーションを始めるのも不自然だし、みなさんの暑さ対策を参考にさせていただきたくって。

後から考えれば、これも、共有しやすい話題である天気の話ですね。

 

3については、参加者からこんな声が出ました。

  • おもしろい話がぱっと出てこない
  • 起承転結がぱっとでてこない
  • 相手との共通点が見つからない
  • 初対面の人と1対1のとき
  • 話す必要がないとき

これらのポイントについて、お互い質問したり、共感するところや「自分はこうしてるよ」と感想を語り合ったりしながら、必要な話題づくりのポイントを探ります。

 

次に、そのなかで出てきた3つの話題について、それぞれの特徴を確認。

  • 天気(すごく楽しいわけではないけれど、対面では共有しやすい話題。天気の話から、家族や週末の予定など別の話題に展開する可能性も)
  • 食(たまに無関心の人もいるけれど、比較的共有しやすい話題)
  • 趣味(楽しいけれど、相手によって共有できるかどうか当たり外れの多い話題。他者からみたら似たような趣味でも、本人からすると「ちがう」ということも。)

確認するなかで、参加者から「タバコはどうかな?」と疑問が出ました。

わたしは吸わないので、喫煙所でみなさんがどういう話をしているのか気になっていたので、新鮮で、興味深かったです。

タバコの銘柄の話題や、「肩身が狭い」というマイノリティならではの同士感が発生しやすいことが明らかに。

さらにそこから、「じゃあ、お酒の場合はどうだろう?」と確認したり、「同じ趣味やマイノリティの人を見分けるコツはあるかな?」など考えてみたりしました。

 

最後に、一番共有するのが難しい趣味の話について、どの趣味だったら自分も話しやすいそうか、どんなふうに質問するか、アイデアを出し合って、この日はおしまい。

 

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2018.7.18コミュニケーション・カフェ@フリーデザイン岡山

 

雑談って、必要があってするものではないけれど、相手に「わたしは敵じゃないですよ〜」と感じてもらって、お互い居心地よく過ごすには、あったほうがよいこともありますよね。

今回は話題づくりについて考えてみましたが、「そこからどうつなげるか」という疑問が出たので、次回9月は、出てきた話題からどう話を展開するか、学んでいこうとおもいます。

帰り道、話をつなげるトレーニングによさそうなゲームを思いつきました。

フリーデザインのみなさんと試すのが楽しみです♪

遺族のためのがんカフェ@さんデジ

今月末7月31日に開催予定の「遺族のためのがんカフェ」が、山陽新聞デジタル|さんデジで紹介されました。(継続的に取材に来てくださる記者のIさんに感謝です。)

 

がんで家族ら亡くした悩み語り合おう 31日、岡山で初のカフェ|岡山の医療健康ガイド MEDICA

 

当事者でもあり、哲学対話にも理解ある菱沼路代さんと一緒だからこそ実現できる企画。

「家族のためのがんカフェ」とともに、私の活動のなかでもっともケアの要素が高いものと言えそうです。

 

詳しい開催情報はこちら↓↓をどうぞ。

cafephilo.jp

「無理する?無理しない?」@Ziba platform

こんにちは。

7月14日は、マルイ・エンタープライズキャピタルが、津山で地域の〈地場〉になるようにとつくったZiba platformにて、2回目の哲学カフェでした。

1回目のレポートはこちら→

 

www.facebook.com

 

もともとは7月7日に予定されていましたが、西日本豪雨の影響で延期に。

1週間たったこの日も、まだJR津山線が動いてなかったので、初めてバスで津山へ参りました。

 

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確実に座りたかったので早めに天満屋バスステーションへ

 両備バスで片道800円と電車よりリーズナブル。(ただ、帰りは終バスが哲学カフェの真っ最中の15:20発。今回は、岡山方面へ用事のあるスタッフの方に送っていただきました。)

約2時間で、会場に到着。

 

この日のテーマは、「無理する?無理しない?」。

先月、ヒバリ照ラスで似たようなテーマでやりましたが、今回はまたちがった展開。

 

冒頭に、「部下に『無理しないで』と声をかける一方で、『そこは、無理してでもがんばってほしい』とも思ってしまう」という方と、それに対して「『無理しないで』は挑発だ」という方。

両者の分水嶺はどこにあるのか探りながら、ひたすら「無理しないで」という言葉について考える2時間でした。

「無理しないで」は挨拶のようなものなのか、それとも相手の状況をみて発せられる気遣いなのか。

どんな関係の相手に使う言葉か。

「無理」という言葉の曖昧さ(「できない」なのか「背伸びすればできる」なのか「嫌い」なのか)。

 

様々な側面から検討していき、ひとつひとつは興味深い体験談や意見が出てきますが、なかなか最初の二人が「それだ!」と交わる点がなかなか見つからないまま、1時間15分ほどが経過したころでしょうか。

面白い発見がありました。

それは、「『無理しないで』という言葉は、相手の行為をよいと思っているときしか使わない」という指摘。

たとえば、息子が受験勉強で夜遅くまで勉強しているとき、「無理しないで」と言ったとしても、だからといって勉強せずに寝てほしいわけではない。

たとえば、息子が暴走族で夜遅く出かけるとき「無理しないで」とは言わない。

ここから、「無理しないで」という一言の中に、相手の背中を押しながらブレーキをかけるような、矛盾するような側面があることが明らかになりました。

そして、ここからオセロの駒を端から端まで一気にひっくり返すように、次々とこれまでの見解のズレがかみ合い出す劇的な展開。

最初「『無理しないで』なんて曖昧な言葉ではなく、具体的な指示がほしい」と言ってた方が、「具体的に言ってほしいという気持ちは変わらないけれど、曖昧な言葉ならではの良さもあることがわかった」と言い出したり、部下への気遣いから『無理しないで』と声かけしていた方が、「自分ではそのつもりはなかったけれど、どこから上から目線だったり、過去の自分の経験を当てはめすぎているところがあったかも」などなど、異なる視点から自分たちの考えや行為を見つめ直す時間となりました。

 

さすがにこの日は西日本豪雨の被災者支援でお忙しい方もいて、参加者は5名と少なかったけれど、それはそれで、ひとりひとりの個性が感じられて、大変濃い時間でした。

JRがとまっているなか、この時期にうかがっていいものかどうか少し迷いもしましたが、地域の方が集い、つながり、つくりだす磁場となるようにとの願いから生まれた場。

気軽に参加できる場をご用意するのはもちろんのこと、気軽に「今回は行けないけど、また今度ね」と言えるような、継続の仕方をしていけるといいな。

ちゃんと次回の打ち合わせもしてきたので、今回参加できなかった方も、ご安心ください。

またお会いできるのを楽しみにしています。

 

ご参加くださったみなさん、Ziba platformのみなさん、ありがとうございました。

 

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Ziba platform

 

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みなさん早めに集まってくださったので、スライドをつかって哲学カフェの説明もまったりできました。

「おカネと幸せの距離」@ヒバリ照ラス

毎月第2水曜日は、「ヒバリで考える」の日。

というわけで、7月11日(水)はヒバリ照ラスで哲学カフェでした。

 

ヒバリで考える(5)「おカネと幸せの距離」 | ヒバリ照ラス

 

テーマ提案者のヒバリ照ラスのYさんの「欲しかったものをおカネで手に入れても、また欲しいものが出てきて、おカネと幸せの距離が縮まらない」という話に、なるほど。

かと思えば、初めて参加された方から「おカネと幸せの、自分からの距離を思い浮かべた」と。

「自分からの距離」という発想はなかったので、冒頭からうれしい。

 

前半は、「クラウドファンディングなど、おカネがなくても望みを叶える方法はあるのでは?」、「なぜ宝くじを買うんだろう?」、「仮想通貨もおカネ?円などとどうちがう?」といった様々なおカネのあり方が挙がりました。

 

後半は、「おカネ大好き!けど、なくてもがなくても感じられる幸せもある」、「たくさん稼いでるけど、何が欲しいのかわからない人は幸せなの?」「浪費という行為そのものに感じる喜びもある」などの話から、「幸せって何?」という問いをめぐる展開。

「余裕がないと幸せを感じられない」説や「幸せ=安心」説が浮上します。

 

今回のハイライトシーン(まつかわの独断ですが)はここから生まれました。

 

たしかに、おカネがあったほうが、幸せを感じる余裕や安心を得やすい。けど、おカネさえあれば余裕や安心を得られるかといと、必ずしもそうとも言い切れないし‥‥。

などと、人生の深淵や被災地のことを思い浮かべながら考えているとき、ある男性がポロっとこぼしました。

曰く、「でも、安心したら得られない幸せもあるよね」と。

え、そんなのある?たとえば?と尋ねたならば、やや沈黙あって出てきた答えは、

 

「恋愛」。

 

これに会場がどっと沸きます。

「それ、思い浮かんだけど、言えなかったんだよ。なんかそういう雰囲気じゃなかったから〜」と共感する男性たち(一部だけど一人でもない)は、「よく空気を読まず言えたな〜」と勇者を称え共感する笑い。

全くその発想もなかったわたしも、「そんな恋愛観で大丈夫?!」というツッコミで一気に脱力。

とても心地よい笑いでした。

哲学的にも、自ら危険に飛び込んでしまう人間の本質が、見事に絶妙な間合いで明かされ共有された瞬間と言えるでしょう。

 

 

哲学カフェ前には、早めに来られた方と豪雨の日どう過ごしたか、各地の状況や支援などの情報を交換したり。

ニュースで大きく取り上げられている真備地区以外にも被害は出てるし、みなさんの顔を見て無事を確認できると、ほっとします。

 

朗読教室と『生きる』

豪雨から一転して、ツンとデレのギャップをどないかしてくれよ、と言いたくなるほど快晴の岡山。
 
今日は、スロウな本屋さんの「朗読教室」にキャンセルが出たとうかがい、急遽参加してきました。
えほん哲学カフェをするときに、絵本を朗読するので、少しでも上手になれたらいいな、と以前から気にはなってはいたんです。
そして、今回はタイミングがよかった。
ひとりで家でデスクワークをしていても、哲学対話で知り合った方の安否や各地の被害状況が気になって、無意味にネットに張り付いて精神を消耗してしまいそうなところに、「こんなときだけど、こんなときだからこそ」というスロウな本屋さんの言葉に背中を押されました。
 
 
 
フリーアナウンサーの中村恵美さんが、発生練習から、表現を豊かにするポイントまで、優しく教えてくださいました。
みなさんと自己紹介しながら無事を喜び、被災された方や地域に思いを馳せ、発生練習をし、絵本を朗読しているうちに、エネルギーが充満してきます。
初参加のイベントで、平常心を取り戻すとは。
やっぱり、人と話す、声を出すって、大事だなぁ。
 
同じ言葉を朗読するにしても、ひとりひとりの声やよみ方によって微妙に響きが変わることが実感できて、興味深かったです。
わたしは参加者のなかで一番息が続かず、腹筋もどこへいったのやらでしたが‥‥‥。
教えてもらった発生練習、家でもやってみよう!
 
そして、今回のメイン素材、谷川俊太郎の詩から生まれた絵本『生きる』。
前にも1回読んだはずなのに、ゆっくりなんども読むうちに、発見と不思議がざくざく湧いてきた!
もっともっと、感想を語り合ってみたいなぁ。
‥‥‥というわけで、次回の〈えほん哲学カフェ〉は、『生きる』で開催すべく検討中です。
詳細が決まり次第、スロウな本屋さんのウェブサイト等でお知らせします。
  
便宜上amazonのリンクを貼りますが、えほん哲学カフェに参加される方は、ぜひスロウな本屋さんで!
生きる (日本傑作絵本シリーズ)

生きる (日本傑作絵本シリーズ)

 

 

 

今回、朗読教室をキャンセルされた方は、被災地の支援のためにキャンセルされたとのこと。ご苦労さまです。

講師の中村さんも、東日本大震災の際に朗読ボランティアをされたご経験や、今回の豪雨についてもすでに何ができるか考えてらっしゃることを話してくださいました。

わたしは、今の段階では、義援金・支援金のための貯金ぐらいしかできない。それも微々たるものだけど、体力なしのうえ持病もちなので、むやみに動き回ってご迷惑になるよりは‥‥‥と思っていました。

でも、中村さんの朗読ボランティアのお話をきくと、救援活動がひと段落して、被災地にうかがっても迷惑にならない状況で、たとえば被災地で絵本を読んで子供たちと対話するとか、そういう支援の仕方もあるかもしれない、という感じました。

本当にそれができるのか、できたとしてそれが支援になりうるのか、わかりません。

わからないけど、朗読の練習でも、おもしろい絵本の発掘でも、祈ることと貯金以外にもできることがあればやっておこう。

 

「自己主張 する?しない?できない?」@高島公民館

7月5日(木)は、ふたばカフェ、高島公民館の哲学カフェでした。

 

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ふたばカフェ(2018年度春夏期)チラシ©岡山市立高島公民館


 

テーマは、「自己主張 する?しない?できない?」。

雨にも関わらず、このテーマに関心をもって初めて来てくださった方が5人も!

 

「職場で自分の意見をいうのは自己主張?」、

「評価されるための自己主張?それとも、自己主張するために評価をあげたい?」、

「自己主張の苦手な人が、意見を言えるのはどんなとき?」、

「お店で料理に髪の毛が入たことをいうのは自己主張?」、

「自分の考えを言いやすいお姑さんとそうじゃないお姑さんのちがいは?」 

などなど。

 

する派、しない派、できない派で、一体何が違うのか、互いの体験談や理由を聴き合ううちに、ざっくり2つの可能性が浮かび上がってきました。

 

(1)そもそも「自己主張」という言葉で指す行為が異なる

自分の意見を言うこと=自己主張、か?

エゴがあれば「自己主張」?

自己主張と自己アピール、自己説明と同じ?違う?

 

(2)「自己主張」という言葉で指す行為は同じだけど、行為がちがう。

人目が気になって自己主張できない人と、評価されるために主張する人

評価されるために主張する人と、主張する発言力を得るために評価を上げたい人

 

自己主張しなくてすむならしないほうがラクという人、自己主張したい人

状況や相手によってできたりできなかったりする人

etc...

 

途中で感想を聞くと、(1)について「そもそも自己主張って何? 」という問いが気になるという人が何人かいたので、後半はそちらを掘り起こしていくことになるのかな。

‥‥‥と思いきや、さにあらず。

「自己主張って何?」の答えは考えれば考えるほど、複雑で多様で、その輪郭を明確にするのは難しい。

しかし、(2)のほうの理由を掘り起こすうちに、前半とはちがう面白い発見がありました。

 

「私、自己主張するほうだと思ってたけど、そういえば、こういう相手に対しては全然自己主張してない!」

「私は自己主張が苦手だとおもっていたけど、あれも自己主張と呼ぶなら、私もけっこうしてるかも!?」

 などなど、自分自身で気づいていなかった自分に気づかされた!というひとが、私も含め、けっこういました。

 

また、「あの人は自分で自己主張するタイプというだけあって、積極的に手をあげてくれるな」「自己主張できない派の話も聞かせて!」など、その場の対話づくりの参考にもなるテーマだったので、その点も進行役としては興味深かったです。

 

ご参加くださったみなさん、高島公民館のみなさん、ありがとうございました。

 

「働く人のための質問レッスン」開催取り止め&哲学カフェ延期のお知らせ

すでに、お申込みいただいた方には主催者からご連絡済みですが、2つ残念なお知らせがあります。

 

まず、7月14日〜15日に尾道自由大学にて開催を予定していた「働く人ための質問レッスン」は、キャンセルで最少催行人数を下回ったため、開催を取りやめることになりました。

お申込みくださっていたみなさん、申し訳ありません。

 

そして、もうひとつ。

本日、津山のZiba platformにて開催予定だった哲学カフェ「無理する?無理しない?」は、大雨の影響で延期させていただくことになりました。

尾道自由大学の質問レッスンがキャンセルになった7月14日(土)に開催を予定しています。

 

大変残念ですが、今日のところは、「無理しない」で、安全第一で過ごしましょう。

私が住んでいる岡山市内でもところどころ用水路があふれたりしていますが、津山市内でも大雨で浸水などの被害が出ている様子。

どうか、たいした被害ではありませんように。

 

来週、元気にお会いできることを願っています。