今月は2回、大学で「理解するってどういうこと?」をテーマに哲学カフェをする機会がありました。
1回目は、11月7日(水)に鳥取大学で。
「ワークショップ入門」なる授業(地域学部の学生さんが受講しているそうです)のゲスト講師としてお招きいただきました。
2回目は昨日11月18日(日)に岡山大学病院で。
医学生や先生などを対象に、哲学カフェを開きました。
(どちらも内輪向けなので、学外での広報はしていません。)
いくつか、共通して出てきたのは、
- 「理解する」と「わかる」はちがう?
- 身体的にわかるのと、頭で理解するのはどうちがう?
という論点。
しかし、その後は全くちがう論点でちがう展開。
半月の間に2回同じテーマでも全然飽きませんでした。
鳥取大学のほうで特に印象に残っているのは、
「わかるわかるー」って言っちゃう人と言われるとイヤな人のちがい。
理解に関する期待値のギャップと、なにがそのギャップを生み出すのかについて考えることができました。
岡山大学病院のほうで特に気になったのは、
相手の話がわからないときに、自分の理解力不足と思うときと相手がおかしいと思うときの違いはなにか。
それから、概念的な理解の特徴やその功罪について。
もうひとつ、このテーマは、ライブ感を味わえるのがいいですね。
どちらでも、ちがった仕方で、その場で出た発言や出来事について、「いまの理解した?してない?」と問われる瞬間があり、その瞬間の一体感がたまりません。
お招きくださったそれぞれの先生、ご参加くださったみなさん、ありがとうございました。