てつがくやさんの気まぐれ日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする〈てつがくやさん〉、松川えりのブログです。

『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』〜論理と感情は矛盾しない

ウィルスの影響で3月がことごとく中止・延期に追い込まれ、

NO PHILOSOPHY, NO LIFEな私は心身の調子が落ち込み気味の日々ですが、

ふと本屋で見かけた一冊が、なかなかの掘り出しものでした。

 

 

以前から桃山商事の活動には注目していたんですが、
これを読んで、はやり桃山商事には真理を暴く力がある!と再実感。

あ、桃山商事っていうのはね、1200人以上の男女から恋のお悩みやエピソードを聴き続けてきた恋バナ収集ユニットでございます。*1

 

momoyama-shoji.com

 

 

この本の著者であり桃山商事代表の清田さんも

ヨノナカには、「男は論理的、女は感情的なんて俗説が流布していますが、はたして本当にそうでしょうか。(よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門、「おわりに」より)

と書かれてますが、ほんと、これ読んだら、「男のほうが女より論理的」とか絶対言えない。

なんせ、目次に並んでいるタイトルが「人の話を聞かない男たち」「イキるくせに行動が伴わない男たち」「すぐ不機嫌になる男たち」などなどで、これ全部、実体験トーク(著者本人の体験含む)に基づく分析ですから。

 

そして、この本が素晴らしいのは、だからといって、「女は論理的、男は感情的」なんて安直な主張をしないところ。

それどころか、論理的であることが、感情に向き合うことと決して矛盾しないということを示唆してくれています。

 

感情の共有は話を聞く上で欠かせないプロセスです。その上で、話の内容をなるべく正確に把握していくことが求められます。このときに必要なのが「論理的に読解していく」という態度です。自分の意見や解釈をいったん除外し、相手の言葉をできるだけ言葉通りに理解していく。 (よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門、「人の話を聞かない男たち」の章より)

 

感情を共有し、話の内容を論理的に把握することができれば、自分と相手の間に「同じ景色が見えている」という一体感のようなものが醸成されます。女性たちの言う“共感”とはこのような行為を指していて、これが「ちゃんと相手に話が届いた」という感覚のベースになるものだと思います。 (よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門、「人の話を聞かない男たち」の章より)

 

桃山商事は数々の恋バナからこの真理にたどり着いたわけですが、私は哲学対話にも通じるんじゃないかなぁ、と思う。

 

哲学対話を実践したことのある人は、この「相手の言葉を言葉どおりに」「できるだけそのまま言語化し」がいかに難しいかわかるでしょう。

だって、その言葉の定義や意味が、人によってちがったりするんだもん。

けど、やっぱりまずは言葉どおりに理解しようとしてみる。

自分のなかで湧き上がる感情や思考をそのまま言葉にしようとしてみる。

それができて初めて、言葉の定義や意味の違いにも気づけるんじゃないでしょうか。

同じ景色を見ようとして、初めて「あ、言葉の使い方が違う」と、その奥にある認識のちがいに気づける気がします。

 

個人的には、対話とはなにか考えさせられる「人の話を聞かない男たち」のほか、「謝らない男たち」の章も大変印象深く。

なぜ加害者が謝ることが大事なのか、謝罪とは何かを、丁寧にきちんと論じてくれてて、腑に落ちるものがありました。

また、各パートの最後にはいっている、「セクハラ」「性教育」「ホモソーシャル」「DV」「ハゲ問題」に関する専門家との対談も、おまけかとおもいきや、専門家の熱が伝わってくる内容でお得感があります。

 

 

桃山商事、動画もあるんですね。

こちらの動画の31分ごろから始まる「職場でつめ切りはダメ?」問題からサンダル問題に展開していくくだりも、なかなかおもしろい。

 


桃山商事#20【男ってどうして○○なの?スペシャル】

 

こうやって、「なんで、職場でつめ切りするの?」「え?ダメなの?」ってところから、双方の理由を掘り起こして、個別の問題から徐々に問題の本質が明らかにされてくこの感じ。
哲学カフェ不足がいくらか埋められるかもしれません。

*1:といいつつ、恋バナ以外に職場や家庭で男女間に生じるモヤモヤ談義もなかなか豊富に収集されてます

がんセミナー開催延期のお知らせ

3月8日(日)に開催を予定していたがんセミナー「知っておきたいがんの基礎と家族の視点」は開催を延期させていただくことになりました。

 

www.facebook.com

 

 

延期後の開催日は未定です。

決まり次第、改めてお知らせいたします。

 

 

残念ではありますが、開催が延期になってしまったぶん、そのあいだに、活動報告書や来年度の計画書の作成がんばりたいな。

あと、家族のためのがんカフェ、遺族のためのがんカフェの活動をとおして感じている、言葉にすることの力についてもじっくり考えてみたいです。

「合う人、合わない人がいるのはなぜ?」@高島公民館

2月20日(木)は、岡山市立高島公民館の哲学カフェ、ふたばカフェでした。

テーマは、「合う人、合わない人がいるのはなぜ?」。

テーマのおかげか、大盛況!の回でした。

 

会場に向かう道すがら自転車を漕ぎながら、

「いろんな人がいるから、合う人、合わない人がいるのは当然な気もするけどな〜」

なんて、のほほんと思ってたけど、

やっぱり話してみると「当然」なんてことは全然なくて、

なかなか複雑で奥深いテーマでした。

 

仕事相手の合う、合わない、

いろんな人と付き合える人は、相手に合わせるのがうまい?

二人で会って楽しい友達とは合うな〜と思う、

などなど、仕事関係や友達関係の話もヒントにしつつ、

一番盛り上がったのは、なんと、夫婦間の「合う/合わない」。

「合う人/合わない人」というキーワードから、

自分で選んだパートナーの話が出てくるなんて意外だったけど、

みなさんの話をきいてみると、なるほど。

「洗った後のコップの置き方にそれぞれこだわりがあって、意見が合わない」

「洗濯物の干し方がちがう」

などなど、共感できる話ばかり!

 

「男と女は脳がちがうから合うわけがないんだ」

「料理や細かいことは女性のほうが向いてる」

なんて説も出ましたが、その一方で、

「うちは、夫である自分のほうが家事が得意」という男性、

「うちは旦那のほうが家事もうまくて細い。私のほうが大雑把で怒られちゃう」という女性も‥‥‥。

 

日常のなかのたくさんの“合う/合わない”がでるなか、こんなポイントがあがりました。

 

“合う/合わない”と“好き/嫌い”は同じ?問題

“合う/合わない”と“好き/嫌い”はちがうけど、くっついちゃう」という声もあれば、合わないからこそ補い合える、ちがうからこそ合うという指摘も

 

“合う”から“合わない”、“合わない”から“合う”の変化はどうやって起こるか?

「合う」と思っていたけど、それまで見えてなかった側面が見えて「合わない」と思ったり、結婚した瞬間「合わない」と思ったけど慣れてきて「合う」ようになってきたり。

 

合わせようとするか、しないか問題

合わせようとする場合でも、「合わせたい」と「合わせなきゃいけない」はちがう?

 

対話のなかでも言いましたが、個人的には、相手との違いを「合わない!」と疎ましく思う場合と、「合わないからこそ補い合える」あるいは「違うからこそ合う」と思える場合とのちがいが気になっていましたが、

さらにみなさんの話をうかがうなかで、「合わない」と感じるのは、相手との“合う”付き合い方が見つかってないだけで、“合う”までの途中なのかも‥‥‥などと思うようになりました。(その途中で挫折しちゃうこともあるのですが。汗)

 

最後に、最初に夫婦の話題を出してくださった方と、今回のテーマを提案してくださった方に感想や対話のなかから得たヒントを教えてもらって、この日の対話は終了。

 

リアルで実用的な発見が多い対話となりました。

ご参加くださったみなさん、高島公民館のみなさん、ありがとうございました。


その日の夜、夫が飲んだあとのペットボトルがテーブルにずらっと並んでて、

「たくさん溜まってるね」と(もちろん「片付けろよ」オーラを出しつつ)言ったら、

「ボーリングできるで」って返事が返ってきてしまいました。

(注:我が家に子どもはおりませぬ。)

うーむ、これは何が合ってて、何が合ってないんだろう???