まつかわえりのてつがく日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする〈てつがくやさん〉、松川絵里のブログです。

「哲学カフェってなに?なぜ哲学カフェに来るの?」@高島公民館

今日は、高島公民館の哲学カフェ、ふたばカフェでした。

以前から、「みんなが、なぜ哲学カフェに来てるのか聞きたい!」というご要望があり、じゃあ新年度に、改めて「哲学カフェってなに?」に関するいつもよりちょっと丁寧な説明(プチレクチャー)付きでやってみましょうか、ということに。

 

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めずらしく、スライドを使った説明など

 

これまで参加された方が、哲学カフェに参加してる理由は、こんな感じ。

  • 楽しいから参加してる。ただ、楽しむのが目的かというとどうだろう?
  • 哲学カフェに参加すると、それぞれの人が、自分の考えもって人生を生きてらっしゃるんだなぁと実感する。頭ではわかっていたけれど、他ではそんなに多種多様な人と出会えない。
  • 人によって常識/非常識が全然ちがうのが面白い。人の意見を聞きながら、自分の考えが積み上がっていくのも楽しい。
  • もともと、考えるのが好き。できるだけ建設的に、ものごとの奥や拝見も知りたいが、こういう話ができる場が他にはなかなかない。
  • 哲学カフェってアートだな〜と思う。場所とテーマの組み合わせで醸成されるものが味わい深い。
  • 思春期のころからの哲学的な関心をいろいろあって封印していたけれど、知り合いに「哲学カフェ好きそうだから」と誘われて、封印を解くことに‥‥‥。

 

今回初めて来てくださった方には、今回参加してみようと思った理由を聞いてみました。

  • 哲学、倫理に子どものころから興味があった。その後、すっかり忘れていたけれど、公民館の案内をみて思い出し、参加してみることに。
  • 勤めているときは組織の考え方に縛られていたけれど、組織との関わりが薄くなった最近になって、「哲学」に再び触れたくなった。

 

ところで、こうやって哲学カフェについて哲学カフェすることのは、その日初めて哲学カフェに来た人とどうやって哲学カフェについて対等に話し合うかという難しさがあります。(一般的に、ある物事について、経験のある人とない人とが対等に話し合うというのは困難なので)

なので、ひととおりみなさんの理由を聞いた後どうするか迷ったのですが‥‥‥

今回は、ちょこちょこ参加してくださってる方から「話しやすい距離感ってどれぐらい?」というギモンが出たおかげで、助かりました。

 

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哲学カフェについてゴリゴリ話す①か、哲学カフェの感想から別テーマ②に移行するかと迷っているところに、ちょうどいい塩梅の問い(青い囲み)が!

 

なんでも、他所の哲学カフェで座席がぎゅうぎゅう詰めだったため(その日は特に参加者が多かったせいもあるのですが)、隣の人がすぐ近くにいるので顔をそちらに向けることもできず、話しにくかった。初対面の人と話すのに適切な座席の距離というのがあるのではないか?とのこと。

これなら、哲学カフェについて考えると同時に、哲学カフェが初めての人も様々なコミュニケーションの経験を元に話せます。

ということで、残りの時間は、「どれくらいの距離感だと話しやすい?」についてあれこれ意見を聞きました。

 

「ぎゅうぎゅう詰めの哲学カフェも好き!」という人もいれば、

「知らない人とぎゅうぎゅう詰めはきついなぁ」という人も。

「みんなの顔が見えたほうがいい」という人もいれば、「自分が話しているときに相手の表情が曇ると、話を続けるのを躊躇してしまう」という人、反対に「相手がニコッとしてくれると、話す勇気が湧く」という人も。

会議などの経験から「四角いテーブルは発言しにくい」「テーブルが丸いと話しやすい」という声に、「隣の人が自分とちがう意見だと、緊張してしまう」という声。

 

さらに、こうした話しやすさ/話しにくさの感じ方の違いから、感じ方の異なる人や見知らぬ人と場を共有するとはどういうことか、公共の場で話し合うとはどういうことか、という哲学カフェの本質に関わる問題に迫ることができました。

 

改めて、哲学カフェの魅力と難しさに気づかされ、わたしにとっては非常に有意義な時間でしたが、参加されたみなさんはいかがでしたか?

座席のことも含め、今後もみなさんと試行錯誤を重ねていけるとうれしいです。

 

ご参加くださったみなさん、高島公民館のみなさん、ありがとうございました。