てつがくやさんの気まぐれ日誌

はなして、きいて、かんがえるをお手伝いする〈てつがくやさん〉、松川えりのブログです。

「人生で大切にしていること」@岡山市立高島公民館

1月17日(木)は、岡山市立高島公民館の哲学カフェ、ふたばカフェでした。

テーマは、「人生で大切にしていること」。

 

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ふたばカフェ 2018年度冬期

 

最初にこのテーマを提案してくださった方に提案の動機をうかがったところ、「自分にはそういうのがない」けど、「あったほうがいいんじゃないか」、とのこと。

 

ひとりひとりの「人生で大切にしていること」を聞いてから、テーマについて掘り起こすような展開になるのかな〜と予想していたのですが、実際の展開は全く逆でした。

ふたりから具体的な「人生で大切にしていること」が出た後、早々に、

  • 意識していないけど、大切にしていることもあるのでは?
  • 死を意識すると、大切にしたいことが明確になったり変わったりするのはなぜ?
  • 大切にするとは、単に「〜したい」という希望とは違う。したくないけど必要なこともあるんじゃないか?
  • 人生で大切にすることは、自分を大切にすることと同じ?
  • 大切に思っているからといって、大切にできているとは限らないのでは?

‥‥‥といったテーマそのものの前提を掘り返すようなポイントがいくつも出てきて、びっくり。

それらのポイントを、後半少しずつみんなの具体的な「大切にしてること」と照らし合わせながら確認していくような展開となりました。

 

それぞれの『人生で大切にしていること』も、

「いまやりたいことをやる」「意志とご縁」というような行動や判断の指針だけでなく、

「若い頃は学業や仕事が大切だったけど、いまは家族や周囲の人との絆が大事」と変化を指摘する方、

「毎月、講演を聞きにいくようにしている」といった習慣的な行為、

「偶然出会った人との一期一会のやりとり」と過去にあった出来事や思い出、

「『してやった』感を出さない」といったその人の美学と呼べそうなもの

‥‥‥などなど多岐に渡り、「そうか、そういうタイプの『人生で大切にしていること』もあるのか!」と興味深かったです。

 

終盤には、「自分には、そういうのが全然ない」と言っていたテーマ提案者が、「いろんな話を聞いているうちに、自分の中にも『人生で大切にしてること』があるって気づいた」と3つも挙げてくださいました。

わたし自身も、いろんな人の「大切にしていること」を聞くなかで、「そういえば‥‥‥」と思い出すことがちらほら。

 

予想していたのと全然ちがう展開。

そして、他者の言葉を聞いて、新しい視点や発想を得ると同時に、自覚していなかった自分の一面への気づき。

 

ともすれば、それぞれの「人生で大切にしていること」を聞いて、「人それぞれだね〜」で終わってしまいそうなテーマですが、参加者のみなさんのおかげで、しっかり哲学の醍醐味を味わえる回となりました。

ご参加くださったみなさん、ありがとうございました。

 

次回のふたばカフェは、2月15日(金)。

テーマは「人の目気になる?気にならない?」です。

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家族のためのがんカフェ by. 第2の患者会 すろーす

1月16日(水)は、家族のためのがんカフェでした。

 

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ウェブサイトのほうにちらりと書きましたが‥‥‥

こちらのイベント、昨年は実験的な試みということで、カフェフィロ主催で開いてきました。

が、予想以上に多くのご賛同をいただき、より継続的に充実した活動を行っていくため、当事者でもありコミュニティナースでもある菱沼路代さんとともに、新たに任意団体第2の患者会 すろーすを立ち上げました。

 

「すろーす(sloth)」は英語でナマケモノを指す言葉ですが、もともとの語源は「ゆっくり(slow)」だそうです。

治療のサポートやお仕事などで忙しい日々を送る「第2の患者」のみなさんが、ゆっくり対話を通して自分に向き合う時間を提供できれば、という思いを込めました。

 

‥‥‥とまぁ、それはそれで本心なのですが、きっかけは、団体名をどうするか思いつかず困っているときに見つけた、こちらのナマケモノティッシュケース。

 

セトクラフト 珍獣シリーズ アニマルティッシュケース(ナマケモノ) SF-3521

セトクラフト 珍獣シリーズ アニマルティッシュケース(ナマケモノ) SF-3521

 

 

これいいやん!ティッシュはこの会の必需品やし、これ欲しい!と決めたのでした。

というわけで、ただいま、すろーすくん購入のための募金も募っております♪

 

さて、すろーす設立後第1回となった今回は、こんな話題がでました。

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2019.1.16 家族のためのがんカフェ

 

がんについて、というより、家族についてたくさん考えた回でした。

がん患者の家族といっても、夫婦、親子、義父母と関係はいろいろ。

一緒に暮らしている方もいれば、遠く離れて暮らしている人も。

そして、もちろん、ご家族の病いの状況や告知の時期もいろいろ。

病いによって家族関係が浮き彫りになったり、病いと向き合うなかで家族との関係が変わったりすることも(「前より近くなった」という声も)。

妻として、親として、子どもとして、嫁として‥‥‥異なる立場の人の声に耳を傾け、自分の家族の状況を言葉にしてみることで、「うちはこうだな〜」「相手からみたらこうなのかな?」と自分と家族との関係に気づかされたり考えたりする時間になったような気がします。

 

ご参加くださったみなさん、ありがとうございました。

 

2月は17日(日)に遺族のためのがんカフェを開催します。

初めての、日曜開催! お待たせしました〜。

参加を希望される方は、イベントページにある連絡先へ、お申し込みください。

どうぞよろしくお願いいたします。

 

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「わかり合うのはなぜ難しい?」きらりの集い in しまね

 昨日1月13日(日)は、きらりの集い2019 in しまねに参加してきました。

 

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往路で蒜山SAからみた大山がきれいでした〜

 

きらりの集いは、精神障がいをもつ当事者とそ の支援者が協働でつくるイベントで、経験の分かち合いによる学びを大切にするピア サポートや、自分らしい生き方を探求するリカバリーをテーマとした全国規模のイベ ントです。障がいの有無を越え、誰にとっても可能性に開かれた社会を創造する全国 的なムーブメントとして、福岡、鹿児島、佐賀、広島、名古屋、沖縄と思いのバトン が引き継がれてきました。

誰もがその人固有の魅力があり、他者と出会うことで、その可能性は“きらり”と 光る。私たちは、このイベントをつくる過程を通じて、社会的役割を脱ぎ、素のまま の自分で他者と出会う場、つまり温泉のような場をコミュニティの中に拓くことを目 指しています。

(きらりの集い2019 in しまね  大会長 原敬きらりの集い 2019 in しまね - ページ情報 | Facebook

 

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リトルプラスの哲学カフェでお世話になっているChaChaさんが大会長とお知り合いらしく、「哲学カフェやってみない?」とお誘いいただきました。

 

little-plus.jp

 

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きらりの集い2019 in しまね

 

「わかり合うのはなぜ難しい?」というテーマに関心があって参加してくださった方もいれば、哲学カフェに関心があって参加してくださった方も。

たくさんの分科会があるなか、約20名もの方がご参加くださって‥‥‥

 

わかり合うことはできる?できない?

わかり合うのに必要なのは、同じ経験?想像力?

わかり合えなくてもいい?わかり合いたい?わかってほしい?わかりたい?

相手とわかり合う以前に、自分とわかり合えてる?

そもそも、わかり合う、わかるってどういうこと?

いつ、わかり合えた!って判断する?

誤解とは?

 

‥‥‥などなどを巡って、対話と思考が繰り広げられ、「わからないは安全装置」、「(お節介は)想いの物質化」など、いくつもの名言が飛び出す回となりました。

 

みなさんのお話をうかがい、一緒に考えながら一番印象に残ったのは、わかり合いたいという優しさもあれば、わかり合えなくていいという優しさもあるのだなぁ、ということ。

最初に「わかり合うことは不可能」という意見を何人かから聞いた時は、(冷淡というより冷静という意味で)クールだなぁと感じました。

が、「わかり合えたらうれしい」「大切な人だからわかりたい」という言葉に共感しながらも、「内面がわからなくても、行動で大事し合うことはできる」、「大切な人だからわかりたいけど、わかろうとしてやったことが相手の負担になってしまうこともある」ことを思うと、「わかり合うことは不可能だ」と割り切ることから始まる優しさ、あたたかさがあるのだなぁと。

 

あともうひとつ、(哲学カフェでは言葉にしそびれましたが)自分で自分の体験を話しながら、相手が期待どおりに動いてくれたら「わかってくれた」と感じ、期待とちがうことをされたら「わかってくれない」と感じる、自分の勝手さも自覚することができました。

自分でも自分のことをちゃんとわかってるとは限らない。とすると、「相手が誤解してる」と思うときも、相手ではなくて自分が間違っていたり、どちらかが間違っているのではなく両者のあいだにズレが生じているだけの可能性もある。

言葉にしてしまうと当たり前のようで、日々の生活のなかで忘れがちなことでもあるので、気をつけようと思いました。

「自分も自分のことわかってるとは限らないぞ」というのがポイントでしょうか。

 

最後にChaChaさんがコメントくださったように、みんなそれぞれ、誰かのことを思い浮かべ、思い出しながらご参加くださったのではと思います。

ご発言くださった方も、ひたすら耳を傾けてくださった方も、ありがとうございました。

 

終了後「難しいですね!」と何人かから声をかけていただきました。

そう、「てつがく」はいつも難しい。難しくて正解なんです。

だって、難しいって感じるってことは、本当にちゃんと考えてるってことだから。

‥‥‥って、ちゃんと哲学カフェの時間に言葉にしてお伝えしておけばよかったかなぁ。

 

各地でピアサポートや居場所づくりに関わっている方とお話したり(岡山でお噂はうかがいつつも、お会いできていなかった方ともお会いできました!)、WRAPやリカバリーカレッジといった取り組みについて学べたりと、1日目の午後しか参加できませんでしたが充実した時間でした。

ご参加くださったみなさん、きらりの集い in しねまの運営委員、ボランティアスタッフのみなさま、ありがとうございました。